2024年1月1日に発生した能登半島地震から1年4ヶ月が経過した2026年5月時点において、被災地の宿泊市場は地域ごとに著しく異なる回復軌道を描いている。和倉温泉では再開施設数が地震前の26軒から11軒にまで戻りつつあり、平均客室単価(ADR)も地震前水準の85〜90%を回復した。一方、輪島市・穴水町では現時点でメトロエンジンリサーチが追跡できる稼働施設はそれぞれ1軒・0軒に留まり、市場としての本格回復はまだ先の段階にある。本稿ではOTA公開価格データと宿泊者口コミの分析を通じて、復興フェーズの全体像と2026年夏(7〜8月)の予約動向を立体的に読み解く。
本記事における指標の定義
- 稼働施設数:メトロエンジンリサーチが追跡対象とするうち、当該月にOTA上で販売価格が確認できた施設の数。施設の物理的営業状況とは一致しない場合があります。
- ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
- 売切率:調査時点でOTA上の予約受付を終了していたプランの割合。施設全体の客室稼働率とは異なります。
- レビュースコア:宿泊者口コミの加重平均(1〜5スケール)。出典は記載しない方針のため「ホテルバンク編集部調べ」と表記。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ、観光庁、能登半島広域観光協会等
復興フェーズの全体像 — 1年4ヶ月で何が変わったか
能登半島地震の発生から2026年5月時点までの宿泊市場推移を、メトロエンジンリサーチの追跡データから整理すると、復興プロセスは大きく3つの段階に分けられる。第一段階は2024年1月から同年8月までの「壊滅期」、第二段階は2024年秋から2025年春までの「先行再開期」、そして第三段階となる2025年夏から2026年5月現在に至る「面的再開期」である。和倉温泉エリアでは地震直前の2023年12月時点で26軒の旅館・ホテルがOTA上で販売を行っていたが、2024年4月には17軒、同年8月には3軒にまで一時的に減少した。その後段階的な再開を経て、2026年5月時点では11軒が販売を再開している。
輪島市・穴水町については回復ペースがさらに緩やかである。輪島市内では地震前の16軒が、2024年4月時点で11軒、同年8月で2軒、そして2026年5月現在では1軒にまで縮小している。穴水町は地震前から2軒という小規模市場であったが、2024年6月以降はメトロエンジンリサーチが追跡できる稼働施設が0軒の状態が続いている。これは市内の宿泊機能が完全に失われたことを意味しない — 能登半島広域観光協会では「支援者向け宿泊管理システム」を通じて受入を継続している施設も存在するが、観光客向けOTA販売チャネルにはまだ復帰していない構造である。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
グラフが示すのは、3エリアの稼働施設数の推移である。地震前の2023年は3エリア合計で約44軒が安定的に販売していたが、2024年8月には合計5軒にまで激減した。和倉温泉は2025年4月から2026年1月にかけて段階的に7軒→11軒へと拡大し、復興ペースを牽引している。観光庁が2025年3月に策定した「護岸復旧と一体となった和倉温泉の地域観光再生支援プラン」が、温泉街を面で再生する基盤として機能していることが背景にある。
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和倉温泉の復興 — 11軒の再開とADR回復度
和倉温泉では大規模旅館の段階的再開が進む。2024年11月に「日本の宿 のと楽」が10ヶ月の休業を経て再開し、続いてTAOYA和倉、加賀屋姉妹館 あえの風(営業継続)、ゆけむりの宿 美湾荘などが復旧を進めてきた。和倉温泉旅館協同組合の発表によれば、2026年内には9軒の営業再開が予定されており、加賀屋本館についても2027年度末の本格再開が公表されている。被災前の20軒(同組合加盟ベース)に対し約半数まで戻る計算となる。
注目すべきはADRの回復度である。地震前の2023年7〜8月の和倉温泉エリア平均ADRは平日¥59,700、週末¥64,300であった。これに対し2026年7〜8月(調査時点での先行販売価格)は平日¥48,300、週末¥52,600と、地震前比で約81〜82%水準に位置している。ただしこれは2025年夏(平日¥48,800、週末¥54,000)からほぼ横ばいであり、2026年に入ってからの「価格を上げる動き」は限定的に留まっている。再開施設のラインナップが地震前と異なる(高級旅館の一部がまだ休業中)ことが平均値を押し下げている構造的要因である。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
同時に確認すべきは売切率の動きである。和倉温泉再開施設の2026年5月販売プラン売切率は25.5%と、復興フェーズに入って以降で最も高い水準を記録した。6月以降は18.5%(6月)、12.2%(7月)、11.1%(8月)と落ち着くものの、いずれも0%だった2025年同期と比較して明確な変化となっている。これは単なる価格現象ではなく、稼働施設数が限定される中での「需要が供給を上回り始めた」シグナルとして読み取ることができる。再開施設にとっては、段階的なプライシング強化の機会が広がりつつあるフェーズと考えられる。
2026年夏(7-8月)の予約動向 — 平日と週末で異なる温度感
2026年7〜8月の和倉温泉エリアを平日と週末で分けると、価格構造の違いが鮮明になる。平日のADRは¥48,300と週末¥52,600に対し約9%安く、地震前と比較しても平日の戻りが相対的に弱い。これはレジャー需要が中心の温泉地特有の構造であり、地震前から平日/週末の価格差は約8%存在していた(平日¥59,700 vs 週末¥64,300)。比率としては大きく変わっていないが、絶対水準は両者とも約1万円ずつ低下している。
→ 2026年夏の5大リゾートエリア|ADR・売切率・YoY比較分析
週末の売切率は平日より2〜3pt高く、12〜13%台で推移している。8月は平日¥49,300、週末¥52,600まで価格を引き上げる施設も見られ、特に8月14日前後の盆休み期間は調査時点で売切プランが集中している。再開済み施設の客室数が限られているなかで、需要のピーク時期には販売価格が地震前水準に近づく可能性も視野に入れるべきフェーズに入っている。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
輪島・穴水の現在地 — 観光チャネルへの復帰はこれから
輪島市内ではメトロエンジンリサーチが2026年2月以降に追跡できた施設は1軒のみで、ADRは¥55,000で固定されている。これは「販売を継続している施設の参考価格」であって、市場全体のダイナミクスを示すものではない。輪島朝市周辺の旅館街は2024年9月の奥能登豪雨で再被災し、復旧工事と並行して営業判断を行わざるを得ない事業者が多い。輪島温泉八汐、ホテルこうしゅうえん、ホテルルートイン輪島など複数の主要施設は、観光庁の復興支援事業や石川県の観光再生支援を活用しながら段階的な再開を計画している段階にある。
穴水町に至っては、メトロエンジンリサーチが追跡できる稼働施設は2024年6月以降ゼロが続いている。穴水まいもんまつり「冬の陣 かきまつり」が2026年1月3日から5月6日まで開催され、地域の集客装置として機能してはいるものの、宿泊チャネルとしては能登半島広域観光協会の「支援者向け宿泊管理システム」を通じた特殊運用が中心となっている。観光客向けOTA販売市場としての本格復活は、2026年下期以降の課題となる見込みである。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
レビュースコア分析 — 復興フェーズの「品質回復」軌跡
和倉温泉再開施設27軒の宿泊者口コミ(累計59,562件)を集計すると、地震前と地震後で評価の重心がどう動いたかが見えてくる。地震前(2023年12月以前、N=6,155件)の総合スコアは平均4.26であったのに対し、再開後の月次推移を見ると2025年4月〜10月は1.0〜2.6台にまで急落していた。これは復旧途中の限定的なサービス提供(食事スタイルの簡略化、温泉の入浴制限、客室の一部利用停止など)が反映されたものである。
転換点は2025年12月以降に訪れる。月次平均スコアが2.58→2.86→3.46→4.19→4.40と急速に回復し、2026年4月時点では4.40まで戻った。これは地震前水準(4.26)を上回る数値であり、再開施設が「復旧」段階から「通常運営+αのおもてなし」段階へとフェーズを進めたことを示唆する。施設側の運営体制が整い、宿泊者の期待値と実際の体験が再び一致し始めた局面と考えられる。
出典:宿泊者の口コミデータ(ホテルバンク編集部調べ)
カテゴリ別に見ると、地震前後の差分が示す傾向は興味深い。「夕食」「朝食」「客室」「サービス」といった旅館の中核体験項目はほぼ地震前水準を維持しており(差分-0.02〜-0.14)、再開施設が品質維持に成功していることを物語る。一方、「風呂・温泉」(-0.23)や「立地」(-0.18)は地震前比で評価が下がっている。前者は温泉源泉の復旧途上や入浴時間制限など物理的制約、後者は温泉街全体のにぎわい不足や周辺工事の影響が反映されたと解釈できる。
| カテゴリ | 地震前スコア | 地震後スコア | 差分 |
|---|---|---|---|
| 夕食 | 4.39 | 4.38 | -0.02 |
| 朝食 | 4.28 | 4.29 | +0.01 |
| 客室 | 4.22 | 4.20 | -0.02 |
| バスルーム | 4.21 | 4.21 | ±0.00 |
| サービス | 4.29 | 4.15 | -0.14 |
| 清潔感 | 4.25 | 4.18 | -0.08 |
| 立地 | 4.45 | 4.27 | -0.18 |
| 施設・アメニティ | 4.08 | 3.88 | -0.20 |
| 風呂・温泉 | 4.57 | 4.33 | -0.23 |
出典:宿泊者の口コミデータ(ホテルバンク編集部調べ)
再開施設が今後取り組むべき領域は明らかである。料理・客室・サービスといったコア体験は地震前水準に戻っているため、ここからの差別化は「温泉体験の復元」と「温泉街全体のにぎわい再生」にかかる。和倉温泉観光協会が2026年3月から11月にかけて実施する「和倉温泉復興ツアー」は、まさに後者に対する取り組みとして機能している。
復興フェーズにおける需要構造の変化 — 段階的プライシングの好機
和倉温泉再開施設の2026年夏販売状況を時系列で読むと、需要構造の変化が3つの軸で見えてくる。第一に、稼働施設数の限定が「需要に対する供給制約」として機能している。地震前は26軒、現在は11軒という供給量の中で、6〜8月の売切率が11〜18%台で推移しているのは、特定日(盆休み・週末)に予約が集中しているサインである。第二に、レビュースコアの急回復(2025年4月の2.0台→2026年4月の4.4台)は、宿泊者満足度が地震前水準を超えつつあることを示し、価格を引き上げる根拠となる。第三に、再開済みラグジュアリー旅館(加賀屋姉妹館 あえの風、ホテル海望、虹と海など)のレビュー件数は再び増加トレンドにあり、口コミ起点のリピーター獲得サイクルが回復している。
これらを踏まえると、再開施設にとっては段階的プライシング強化の機会が広がっている局面と捉えることができる。具体的には、(1) 平日価格を週末水準の85〜90%まで引き上げる、(2) 売切率15%以上の日付に対しては2〜3週間前から¥3,000〜5,000の段階的引き上げを行う、(3) リピーター率が高まりつつある今、付加価値プラン(地酒ペアリング、能登満喫体験など)を価格上乗せ要素として組み込む、といったアプローチが考えられる。地震前のADR水準(平日約¥60,000)まで戻すには、客室稼働率の安定と並行して、商品設計でも復興ストーリーを語れる差別化が鍵となる。
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夏(2026年7-8月)に向けた事業者・自治体への示唆
2026年7〜8月の予約動向と中長期の需要回復を見据えると、各ステークホルダーに以下の論点が浮かび上がる。
事業者(再開済み施設)に対しては、価格強気化の好機が訪れている。盆休み期間(8月14日前後)の売切率が高まる傾向にあり、平均ADR¥52,000の週末水準を¥55,000〜58,000まで引き上げても市場が吸収する余地が見える。同時にレビュースコア4.4の維持・向上が次の集客サイクルの起点となるため、客室稼働率の急上昇に伴うサービス品質の希薄化を避ける運営体制が重要である。
事業者(再開準備中)に対しては、市場が供給制約期にあるうちに再開することの戦略的意義が大きい。2027年度に予定されている加賀屋本館の本格再開、2026年度下期の虹と海再開以降は、和倉温泉エリアの供給キャパシティが急速に拡大する。価格水準が一時的に調整される可能性があるため、それまでの期間を「ブランド再構築のゴールデンタイム」と位置づけることが合理的である。
自治体・観光協会に対しては、輪島・穴水・能登町の宿泊機能のOTA復帰を促す支援策が課題として残る。観光庁の復興支援事業や石川県の観光再生支援は段階的に効果を上げているが、観光客向けOTA販売チャネルへの登録支援、復旧後の口コミ醸成を促すマーケティング、復興ツアー商品の継続展開が、次の3〜6ヶ月の重点領域となる。
まとめ — 1年4ヶ月で進んだこと、次の段階に進むために
能登半島地震から1年4ヶ月が経過した2026年5月時点において、和倉温泉は供給の半分が戻り、ADRは地震前の80〜85%水準まで回復、レビュースコアは地震前を上回る水準にまで改善した。これは観光庁による護岸復旧と一体化した支援、和倉温泉旅館協同組合の段階的再開戦略、そして個々の事業者による復旧努力の結果が結実したフェーズと位置づけられる。一方、輪島・穴水のOTA販売市場は本格復活前の状態にあり、次の3〜6ヶ月で観光チャネル復帰が進むかが2026年後半〜2027年の能登観光全体の回復速度を左右する。
2026年夏は、和倉温泉再開施設にとって「需要と価格をどこまで引き上げられるか」を試す重要な時期となる。売切率が10%を超え始めた今、価格戦略の柔軟性とサービス品質維持の両立が、復興後の事業継続性を決定する分水嶺になるであろう。
⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事のADRは調査時点でOTAに公開されている販売価格の平均であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点で高く設定されている価格が直前値下げで下落する可能性、または逆に売切れを受けて引き上げられる可能性があります。能登半島は供給回復途上のため、需要動向の影響を強く受ける点にご留意ください。
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