文部科学省は2024年12月12日付の通知で、貸切バスや宿泊施設の確保が困難な集中期を避け、修学旅行の実施時期を柔軟に検討するよう全国の教育委員会に呼びかけた。それから約1年半が経過した2026年6月時点、京都府のADRは¥40,100、東京都は¥34,800と、いずれも前年同月比で2桁の上昇を記録している。本記事ではメトロエンジンリサーチのデータをもとに、修学旅行のメインシーズンである5〜6月の価格水準が団体ブロック予約の予算枠と乖離している実態と、代替先候補となる関東近郊・東北・九州エリアのビジネスホテルADR、そして2027年度以降に時期分散が進んだ場合の市場影響を整理する。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
- 売切率:調査時点でOTA上の予約受付を終了していたプランの割合。施設全体の客室稼働率とは異なります。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ
文科省呼びかけと依然として続く5〜6月集中
文部科学省が2024年12月に発出した通知「修学旅行等の実施時期の柔軟な検討について」は、貸切バス運転手の時間外労働規制(いわゆる2024年問題)と訪日客急増に伴う宿泊施設の逼迫を背景に、5〜6月および9〜12月という従来の集中期を避けるよう求める内容であった。観光庁と連名で都道府県別の繁閑カレンダーも添付され、教育旅行の時期分散が政策課題として明確に位置づけられたことになる。
しかしながら、2026年度の修学旅行計画を見渡すと、依然として5〜6月実施が中学校・高校ともに多数を占める構造に大きな変化は見られない。学校行事カレンダー、定期試験スケジュール、受験準備期間といった教育現場特有の制約が、簡単には動かせない実態を映している。一方で、訪日客需要は年々強まっており、関西・首都圏のホテル市況は教育旅行が動きやすかった季節とインバウンド繁忙期が重なる構造になっている。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
上のチャートは京都府と東京都の月次ADRを2024年・2025年・2026年で重ね描きしたものである。京都府は2024年6月の¥34,400から2025年6月¥34,500とほぼ横ばいだったが、2026年6月は¥40,100へと前年同月比+16.4%の急騰を見せている。東京都も同様で、2026年6月は¥34,800と前年同月比+15.1%に上昇した。修学旅行の主要目的地である京都・東京の価格水準は、文科省通知が出された2024年末時点と比べて1.5割以上引き上がったことになる。
団体ブロック予約と価格水準の乖離
修学旅行の宿泊予算は学校設置者ごとに上限が設けられているのが一般的で、公立中学校では1泊あたり¥10,000〜¥13,000、公立高校でも¥13,000〜¥17,000程度を目安にしている自治体が多い。これは生徒1人あたりの金額であり、2名1室で換算すれば1室¥20,000〜¥30,000台前半が事実上の上限となる。
| 都道府県 | 2026年6月ADR | 前年比 | 売切率 | 対象施設数 |
|---|---|---|---|---|
| 京都府 | ¥40,100 | +16.4% | 15.4% | N=1,465 |
| 東京都 | ¥34,800 | +15.1% | 17.2% | N=1,570 |
| 大阪府 | ¥26,400 | +18.4% | 14.8% | N=798 |
| 奈良県 | ¥37,900 | +9.7% | 13.8% | N=241 |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
京都府6月の¥40,100は、ビジネスホテル平均で見ても¥23,200と1人あたり予算上限の上限近辺に達しており、シティホテルや旅館を含む全体平均で見ると団体ブロック予約の枠組みでは成立しにくい水準である。実際にはホテル側が修学旅行枠として一定数の客室を別途確保しているケースもあるが、その枠もインバウンド需要の高まりとともに年々縮小しているのが現状だ。
東京都の¥34,800という水準も同様で、特に23区内のビジネスホテルカテゴリは¥28,900まで上昇している。23区内に宿泊し都内研修を行う伝統的なスタイルは、予算枠の範囲では難しくなりつつあり、千葉・埼玉・神奈川を含む首都圏外周への分散選択を迫られる学校が増えている。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
代替先となるビジネスホテル:関東近郊・東北・九州
そこで注目すべきが、伝統的な目的地から離れた地域のビジネスホテル市況である。修学旅行の宿泊先として現実的に予算内に収まり、かつ団体客対応の客室を確保しやすいエリアを下表にまとめた。すべて2026年6月のビジネスホテルカテゴリ平均ADRである。
| 都道府県 | ビジネスホテルADR | 売切率 | 対象施設数 | 教育旅行的な訴求軸 |
|---|---|---|---|---|
| 福島県 | ¥14,400 | 14.6% | N=131 | 震災学習・会津歴史 |
| 宮崎県 | ¥14,600 | 14.2% | N=86 | 神話・地域共生学習 |
| 岩手県 | ¥16,300 | 11.6% | N=79 | 震災・平泉世界遺産 |
| 熊本県 | ¥16,400 | 14.5% | N=112 | 熊本城・阿蘇・水俣 |
| 茨城県 | ¥16,600 | 11.2% | N=165 | JAXA・科学技術学習 |
| 奈良県 | ¥18,400 | 17.2% | N=32 | 古代史・社寺学習 |
| 広島県 | ¥18,500 | 16.9% | N=171 | 平和学習・宮島 |
| 宮城県 | ¥18,700 | 17.4% | N=135 | 震災学習・松島 |
| 京都府 | ¥23,200 | 21.4% | N=328 | 伝統的目的地(参考) |
| 東京都 | ¥28,900 | 23.7% | N=936 | 伝統的目的地(参考) |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
福島県・宮崎県のビジネスホテル平均ADRは¥14,000台で、京都府と比べると4割以上、東京都と比べても5割近く低い水準にある。岩手県・熊本県・茨城県も¥16,000台に収まっており、修学旅行の予算枠で団体ブロックを組みやすい価格帯である。売切率も10〜15%とインバウンド集中地域より低く、団体客の枠を確保しやすい構造といえる。
注目すべきは、これらの地域がいずれも教育旅行のテーマとして明確な訴求軸を持っている点である。震災学習(東北各県)、平和学習(広島)、地域共生・農山漁村体験(宮崎・熊本)、科学技術(茨城)など、京都・東京の社寺見学・都市文化研修とは異なる学びを提供できる地域が、価格面でも団体受け入れ余力の面でも実用的な選択肢になりつつある。
2027年度以降の時期分散シナリオ
では実際に時期分散が進んだ場合、価格はどう動くのか。京都府の月次ADR推移を見ると、5〜6月の集中期と、現在のオフピーク(7〜8月の暑期)以外で価格水準にどの程度差があるかが見えてくる。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
京都府の2025〜2026年の月次推移は、修学旅行を秋以降にシフトすることが市況面では必ずしも有利ではない可能性を示唆している。2025年10月¥41,000、11月¥47,500、12月¥44,700と、紅葉シーズンの京都府ADRはむしろ初夏の集中期を上回る水準にある。同様に、2026年3月¥46,500、4月¥50,300と、桜・新年度シーズンは年間最高水準を記録する。
一方で、9月は¥35,500と6月の¥34,500に近く、訪日客需要との競合が比較的緩和される時期である。仮に修学旅行が9月上旬や2月中下旬といった訪日客の谷間にシフトすれば、京都府でもビジネスホテル平均でビジネスホテルADR¥18,000台への低下が想定される。ただし学校行事カレンダーや受験準備期間との両立が課題となるため、教育委員会・文科省・観光庁の三者による横断的な調整が不可欠といえる。
もう一つの構造的変化として、修学旅行の時期分散が進めば、ビジネスホテル各社の運営にも影響が及ぶ。地方都市のビジネスホテルは平日のビジネス需要と週末のレジャー需要のギャップに悩まされており、修学旅行団体は平日・大量・低単価という独自のセグメントとして位置づけられている。時期が分散すれば、こうした地方ビジネスホテルにとって安定収益源としての修学旅行の重要性は増す可能性がある。
教育旅行産業に求められる構造転換
文科省呼びかけが価格に与える影響は、単年度では限定的でも、3〜5年スパンで見ると教育旅行産業全体の構造転換を促す可能性がある。第一に、目的地の多様化である。富山県や東北各県、九州内陸部といった、これまで修学旅行の主要候補ではなかった地域が、価格と団体受け入れ余力の両面から選択肢に入ってくる。
第二に、シーズン分散である。2027年度以降、9月や2月実施の事例が増えれば、京都府・奈良県のオフピーク需要を底上げし、年間を通じたADR平準化が進む可能性がある。これは観光庁が推進する観光需要の平準化政策とも整合的である。
第三に、料金構造の見直しである。修学旅行枠として年間スケジュールにブロックを設けて低価格で提供する従来モデルは、変動制が主流のホテル業界では既にコストとして重荷になっており、ホテル側からも料金体系の見直しを求める声が出ている。教育委員会と宿泊業界の対話チャネルを公的にも整備していく必要があるだろう。
まとめ
2026年6月の京都府ADR¥40,100、東京都ADR¥34,800という水準は、修学旅行の従来予算枠と明確に乖離している。文科省が2024年12月に呼びかけた時期分散は、教育旅行産業にとって緊急性の高い課題となっているが、現実には学校カレンダーの制約から短期的な分散は進みにくい。一方で、福島県・宮崎県・岩手県・熊本県・茨城県といった代替先のビジネスホテルADRは¥14,000〜¥16,000台と予算枠に収まり、教育的訴求軸も明確に存在する。
2027年度以降に時期分散が一定程度進むシナリオでは、9月や2月といった訪日客の谷間が活用される可能性が高く、地方ビジネスホテルにとっては修学旅行が安定収益源としての位置づけを高めることになる。修学旅行の高度化と地域連動が、教育とホテル両業界の中長期テーマになる。
将来日程のADRに関する注意:本記事のADRは調査時点でOTAに公開されている販売価格の平均であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点で高く設定されている価格が直前値下げで下落する可能性がある点にご留意ください。
